日本 2021年秋 3 コロナの恩恵、その1
関西での滞在は先ず大阪。
大阪・梅田駅の近くのホテルでとりあえず2週間の予約を入れていた。
緊急事態宣言が解除されたばかりで、まだ時短の制限は残っているというタイミング。
チェックインの時点でなんだか様子がおかしい。
ホテルのスタッフ全員にガン見されている気がした。
日本入国はその3週間前で、東京のホテルで隔離を済ませていた事はこのホテルからのチェックが入った際、既に確認済みだった。
「この度は2週間の長期滞在のご予約、誠にありがとうございます。誠に勝手ではございますが、2ランク上のお部屋にアップグレードさせていただきました。」
予約していたのはキングサイズベッドのスタンダードの部屋だった。随分前の事、日本へ出張する事も多かった時期にこのホテルの系列のメンバーになっていた。メンバー向けのちょっとした割引と、会社の内部サイトを使って予約する事で得られる割引で、まぁ納得が行くレートだった。
2ランク上?どんな部屋だ?
案内されて驚いた。セミスイート。3人掛けのソファ、アームチェア、コーヒーテーブル、だだっ広いスペース、デスクとTV、ちょっとしたスペース、そしてベッド。二人用の洗面場、バカでかい円形の風呂とシャワー、スモークガラスで囲んだトイレ。スライドドアで仕切られたクローゼット。天井がやたら高いのでさらに広く感じる。しかも角部屋。
あのでかい風呂にお湯を溜めるにはかなり時間がかかるのだろう、と余裕こいていたら湯と水両方を全開にしたら僅か3分ちょっとで溢れそうになった。さすが…
バイキングスタイルの朝食付き。ジム、サウナ、ジャクジー、コールドディップ(水風呂)、シャワー、化粧台、ロッカーが揃っているスパも無料で使える。
後にホテルのサイトで調べたら、あの部屋は一泊10万円だった。
マジっすか?!
大阪・梅田駅の方向に夜景が広がる。
外向きの壁は全てガラス張りであるため、窓際に立つと真下が見える。
まぁ仕事もまだしなくてはならないし、日本の環境にもまだ慣れたとは言えない。母と頻繁に会って一緒に時間を過ごす事も多くなる。だから仕事に集中出来て、どこへ行くにも便利で、休むべき時には心身共に休める環境のようだからこれを最大限に利用しよう。
反面、貧乏性のことだ、一応予約した部屋のレートのままで良いのか、確認はした。
「もちろんでございます、T様。」
ダメもとで尋ねてみた。
「今の予約は2週間なんですが、さらに2週間、今の部屋と今のレートのままで予約を延長することは可能でしょうか?」
「もちろんでございます、T様。」
即決である。
チェックインした翌朝、朝食へ向かうと、「おはようございます、T様!」と来た。どうやらスタッフの間では名前も顔も既に知られている様子。朝食の最中も宿泊係のマネージャーとレストラン係のマネージャーが名刺を携えて挨拶に来た。
なんだなんだ、これは。
オレはただの、ふつーの宿泊客だよ。
スーツや洒落た服なんて一着も持って来てはいない、ごくふつーの。
しかし、理由は朝食の様子で察する事が出来た。自分以外の客はどこかの官庁か企業のお偉いさんっぽい日本人のおっさんが一人ずつ朝ご飯を食べていて、自分を入れて僅か3名だった。このご時世ではハイエンドな出張も無く、日本人観光客も希少で、あの極まりなくウザいインバウンドとやらは気持ち良い事に一人たりとも居ない。
こんな時に2週間の滞在をするバカなどその時はほぼ存在しなかったのだ。
道理で…
その2日後、同じく朝食中にイタリア系の男性が挨拶に来た。英語で会話を交わす。受け取った名刺を見ると「総支配人」とある。そんな人まで挨拶に来るのか。
確かにあの時点で観光産業は尋常ではない状況だったのだろう。
いやいや、これは「コロナの影響で」とか「コロナのせいで」とか言ってる場合ではないぞ。これは明らかに「コロナの恩恵」ではないか。
出かける時は「いってらっしゃいませ、T様」。
戻ってくると「おかえりなさいませ、T様」。
朝食でコーヒーを持ってきてくれる若い女性スタッフも「おはようございます、T様。今日はどんなご予定でございますか?」とにこやかだ。
どこか監視されているような気がして肩身が狭いところもあるのだが。
ま、良いっか。
VIPやん。ええやん。
えらいタイミングで来たものだ。
それならば… 今回の関西での滞在、とことん堪能させていただく!
Fujifilm X-Pro3、XF 23mm f/2 R WR
日本 2021年秋 2 家族リユニオン
3週間の東京滞在の後、京都経由で奈良へ向かう。
京都駅で速攻PCR検査を受けて陰性結果を確認してから奈良への近鉄線に乗る。
鉄道は良い。
米国の車社会に住んでいると運転は飽きるし疲れる。
運転中は音楽やポッドキャストやラジオを聴くしか出来ることが無い。
両親は共に京都府南部のケアハウスに住んでいる。後で学んだ事だが、日本では「高齢者向け介護付きマンション」というのだそうだ。他の高齢者施設やいわゆる老人ホームと異なるのは、ケアハウスの場合そこに住んでいる高齢者たちが自由に出入り出来る事で、訪問者も受け入れる。
一般の高齢者施設では、コロナの影響で今も面会謝絶、そうでなくとも予約制で15分から30分会えるだけらしい。刑務所の面接のようにプレクシグラスを隔て、手も握ることが出来ず、ただ顔を見て話をする施設もあるという。
両親がケアハウスに居る事は後日大変便利であることを実感した。
家族再会の場を奈良に決めたのは、母の認知症が進行しているのに加え、彼女の脚も弱くなってきており、近頃は外に出る時も車椅子を使うことが多くなっているのが理由だ。ケアハウスから近鉄で奈良まで一本、タクシーだと25分ほどで奈良市内に行ける。
近鉄奈良駅からタクシーで宿に着くと、家族4人がロビーで待っていた。
皆元気。
皆笑顔。
このために帰ってきたんだよ。
静かでゆったりとした宿のお部屋で話が弾む。
久々に皆が揃って素晴らしい食事を味わう。
部屋に付いている半露天風呂で寛ぐ母に話しかける。
両親が寝た後、妹、弟と三人で夜遅くまで話し込む。
朝食の間、母はカメラを手に子供達を撮っていた。
チェックアウトの時間。
母の状態を考えると家族で旅行出来るのはこれが最後だろうと思った。
それさえ納得してしまう程、この時間は貴重で充実していた。
14日間の隔離も苦にならない程、会いに来て良かったと感じた。
人よりも鹿の方が多い、静かな月曜日のお昼頃。
お義父さんは数年前に正倉院宝物展を見に来た際、あまりの人の多さに「奈良なんかもう二度と来ない」と感じたそうだが、インバウンドに汚されていない奈良を歩きながら「これだったらまた来たいな」と言っていた。
三人の子供たちに囲まれて母は楽しそうな笑顔を見せていた。
昨日の事も、今日の事も、明日になれば母は覚えていない。
「今」、「その時」が満たされていればそれでいい。
お昼過ぎ、家族と一度別れて大阪へ向かう。
これから一ヶ月、仕事をこなしながら関西で滞在する。
2021年10月 奈良市
Fujifilm X-Pro3、XF 16-80mm f/4 R OIS WR